人生の底を脱して、ようやく自分の望む生き方が見えてきた話⑬完

仕事

こんにちは。時短ワーママのらっこです。

前回からの続きです。

今回で最後です!

ここまでお読みくださった方、ありがとうございます。

★このシリーズを最初から読む方はこちら↓

①いい大学を出ていい会社に入れば幸せになれると思ってたけど全然そんなことなかった件

②20代で両親を失ったときの話

③2社目で初めて「仕事って楽しい」と思えた話

④ワンオペワーママ生活がしんどすぎた時代

⑤念願の二人目を死産したときの話

⑥時短希望での転職活動を始めてみたものの難航しまくった話

⑦コネを頼って転職できるかなと期待したけどそんな甘くなかった話

⑧ひどい言われようだったけど、なんとか転職先を見つけるまでの話

⑨零細ベンチャーでの仕事に翻弄されてもがき苦しむ様子

⑩体調を崩しつつ、自分のストレスの正体と向き合った話

⑪ある女の子と出会って救われたけど2人目が出来ずに心折れてもう辞めようって思ったときの話

⑫辞めようかと思ったけど辞めずに頑張ろうと決めて、「人を雇ってください」と言った話

–  –  –  –  –  –  –  –

前回のおさらいを簡単に書きますと、

精神的に限界を迎えて「辞めます」って言うためのアポを入れたのですが、昇給&昇格して残ることにしました。

その後、念願の2人目を妊娠するも流産が判明し、また精神崩壊したけど、そこから持ち直して、

流産手術後の身体の回復待ち期間(3ヶ月ほど)は2人目のこと考えず仕事を頑張ろう!と思った私。

ただ当時、雑務が多すぎて自分にとって新しい仕事ができていなかったので、

オーナーと社長に「人を雇ってください」とお願いしたら、

じゃあ自分で探して」と言われた。

という感じです!

これ読んで「自分で探せってどういうことじゃい!」って思った方、いらっしゃいますか?

私もまったく同じことを過去2年ほど思っていました。

ただでさえ忙しいのにそんな暇どこにあるんじゃ!と思ってました。

社長なら人探しくらいしろ!ランチ会ばっか行くな!と思っていました。

でも今回は違いました。

なぜなら私はもう雇いたい人のアテをつけていたからです。

その人は私の前職の先輩でした。

人間的に素晴らしい人で心から尊敬する人で、かつ私のやっていた仕事を私以上に完璧にできる人でした。

なんでその人を雇いたいと思ったかというと、もちろん私の仕事をやってもらえると思ったのもあるけど、

前職で不当に安い給料で働かされていた(と私は思っていた)からです。

この先輩は私と同じ「昇進する前に妊娠・出産した組」で、

みなし残業代がガツッと減ったパートのような給料で働いていたのです。

そのことに私は勝手にムカついていました。

両親が遠方で頼れない環境というのも同じで、私は勝手に戦友のように思っていました。

ほんとに優秀な人なのに、私以上に控えめで強く主張しないタイプなのをいいことに(?)

前の会社は先輩をほとんど昇給をさせていなかったみたいです。

で、私は前職を辞めた後も連絡を取り続けていたので、

先輩が「今は2人目が小さいから身動き取りにくいけど、もう少し大きくなったらいずれ転職しよう」と考えているのを知っていました。

時短での転職はコネがいることを、自分の転職活動で痛いほど知っていた私。

仕事の面でも人としてもめちゃめちゃ信頼できる先輩がうちの会社に来てくれたら心強いし、

その転職の際に先輩がぐっと年収を上げることに協力できれば、WIN-WINじゃん。

これまでお世話になった恩も少しは返せるかな。

そんな思いで先輩に声をかけました。

会社がどんなことをしているか、どんな働き方か、メリットデメリットを冷静に伝えました。

もちろんサビ残があることや、退社後にも仕事の連絡が来ることも話しました。

(でも私は自分の力の及ぶ限り先輩を守ろうと思っていた)

あとは個性が濃くてやりたいことしかやらない先輩がいることや、

オーナーは経営者として優秀だけど、社長は形ばかりなので実質いないものと思った方がいいこととか(ひどい?でも事実なんだな)

福利厚生(まあ、ほぼないけど)や長期連休などについても話しました。

ただ、冷静に考えてもうちの会社で働くメリットもあったのです。

例えば、前の会社は仕事の納期が厳しくて遅延が許されなかったから胃が痛くてしんどかったけど、

うちの会社は常に忙しくて仕事が終わらないけど、絶対にずらせない納期の仕事は前職に比べると少ないです。

他にも子どもの都合で休みやすかったり(その分の仕事はたまるけど)時間の融通をきかせやすいメリットもあります。

あとこれは好みの問題だと思いますが、組織が小さいぶん意思決定がスピーディだし、信頼されると裁量も持てます。

具体的には、例えばグループチャットで「次の発注、こんな感じでいきたいです」とざくっと金額や方向性を書いて「OK」と返事が来れば発注を進められるし、

(これ普通の会社は発注書が要るし、金額によっては稟議まわさないといけなかったりする)

「この件、仕組みを考えたのでとりあえずやってみます。イマイチだったらやりながら修正します」→「OK」で通ったりする。

数字や書類をまとめるのだって、内容にさえ問題がなければ自分で勝手にフォーマット作っていいし、

これをこう進めたいからやらせてください、みたいな社内決裁のための書類を作るのが時間の無駄だと感じてしまう私は(大企業時代そういうのばかりやってた)

扱う金額の規模が小さかったとしても、スピーディに、自分のやりたいように仕事を進められる会社のほうが合っているのです。

あとはオーナーが思い付きで次々に新しいビジネスを(現場の負荷を考えずに)始めるので、

嫌でも新しい色々な仕事をさせられることになり、過去2社では経験できなかったスピードで仕事の経験を積める。

やりがい搾取感はあるけど、成長するために転職した私にとっては新しい仕事の機会は大切です。

そしてこれらのメリットが、私が辞めずに働き続けていた理由です。

あとこれはメリットなのかデメリットなのか微妙なところだけど、

前の会社は社員を褒めることなくけなす傾向があってモチベーションが下がることが多かったけど

今の会社は社員を優秀だと褒めてくれること(給料は上げてくれないけどな)

あと、オーナーはどケチでなんでもかんでも安く済ませたがるし採用も簡単にはしないけど、

個人としての資産が結構ある(はずな)ので、社員として採用すると決めた場合は簡単には切らないだろうことも。

(アテにしすぎちゃいけないけどね)

(その代わり、既存の社員が疲弊するまで新しい社員を採用しないし、アルバイトや業務委託は容赦なく切る傾向にある)

そんなふうに良いところも悪いところもしっかりと話した結果、

先輩は「年収が同じくらいで転職できるなら、うちの会社に興味がある(受けてみたい)」と言ってくれました。

そんな、年収同じくらいで転職なんて!

いやわかる、時短の肩身の狭さはよくわかる!

でもここは!年収アップ希望で話しましょ!絶対通るし、私が通すから!

っていうことで、私、オーナーと社長に伝えました。

「年収アップするなら転職を検討してもいいとのことです」と。

もともと優秀な先輩なので、オーナーと社長は「その人材、逃す手はない!」って感じでした。(能力に対して年収が安いということです…)

で、とんとん拍子に面接の日にちが決まり、あっという間に先輩の採用が決まりました。

もともと仕事のスキルと、人としての信頼性は私の折り紙付きだし、

実際の面接した感じもとてもよく、オーナーも社長も大満足という感じでした。

そして先輩は年収アップで転職することができました。

(さすがに具体的な金額は聞いていないけど、結構上がったみたい。よかった!)

で、私は私で安心して仕事を渡せる人を見つけることができたので、新しい仕事に挑戦できるということになります。

そして、それ以上に、今後もし私が妊娠できたときに、私の仕事をやってくれる人がいることめちゃめちゃ心強かったです。

当時、私がいなくなったとして、残された人達に私の仕事の代わりをやるのは無理でした。

(入社したときの会社のぐちゃぐちゃっぷりといったら…  思い出すだけでズーン…)

だから自分がもし今後妊娠できたとしても、このままだと100%間違いなく産休育休中も仕事させられると思っていました。

そんなことしてたまるか!

産休育休は権利なんじゃ!休ませろ!

でもそれが通じないのがうちの会社だったので、

私はもう自力で、いない間に私の仕事をしてくれる人を見つけようと思っていたのです。

先輩と私はできることがかぶっている部分も結構あるけど、違う部分もあるので、完全に同じスキルではないです(そうだったら雇われてないしね)

でも先輩とかぶっているスキルのほうが会社の通常業務として必要不可欠だったので、入ってくれると決まったときの安心感は半端なかったです。

かぶっていない部分の仕事をできる人材は探さなかったけど(そもそも仕事の範囲が広すぎてできる人がいない)

「それくらいは会社で後任を探してくれ」という思いでした(何様)

というわけで、もし妊娠できた場合の自分の後任も(勝手に)見つけ、あとは仕事にまい進するのみ。

ときはコロナ真っ只中で、会社の打撃も少なくありませんでしたが、信頼できる人が会社に増えた嬉しさで前向きに過ごせました。

コロナで登園自粛要請がきた時期は子どもが家にいる状態で在宅勤務をしていたので、世の中の皆さんと同様にかなり疲れました。

でも平日に家族で外を散歩したり、夫も一緒に夜ご飯を食べられる生活というのは息子にとっては初めてだったので、家族の絆は深まったように思います。

先輩が入社したことで仕事を渡すことができ、あいた分のマンパワーを使って携わることになったのは、

会社がこれまで扱ったことのない商品の新規事業の立ち上げでした。

私自身初めてのこともありましたが、好きなことしかやらない先輩はやらなかったので、自動的に私になりました。(安定のパターン)

でも新しいことをやるのは嫌いじゃないし(むしろ毎日同じことをしているのが苦痛なタイプ)、

これもひとつの経験になるだろうと取り組み、結果としてオーナーからの直接の指示を受けながら仕事できた半年ほどは学びも多かったです。

その商品を日本に輸入するために試験をしたり、原価計算をしたり、倉庫を探して契約したり、商品コードを作って登録したり、運用マニュアルを作ったり、パッケージを作ったり、販促チラシを作ったり、発表会を開いたり、LPを作ったり、HPを作ったり更新したり、不良品対応をしたり、

妊娠中で在宅勤務での対応ではありましたが、こんな感じのありとあらゆることをやりました。

忙しかったけど、全体的に楽しかったです。

在宅だったのでよく夫と一緒に仕事をしていましたが、「楽しそうだね」とよく言われていました。

どうすればプロジェクトの納期が間に合うか、どんなオペレーションにすれば会社がうまく回るか、などなど

私はできるとわかっている仕事をこなすよりも、「どうすればできるのか?」を考える仕事の方が好きです。しんどいけども。

「付加価値の高い仕事をやりたい」と宣言してすぐに新しい学びの多い仕事ができたことはよかったなと思います。

そんな感じで仕事も楽しく、モチベーション高く産休に入ることができました。

さて、時系列が前後しますが、妊娠について。

私が紹介した先輩が入社してくれてから2ヶ月ほどで、また妊娠することができました。

今回はもう妊娠できなかったらそれはそれでいいやと思っていたので、不妊外来に行くこともなく、自然に任せました。

死産して、流産してからの妊娠。

三度目の正直です。

ドキドキでした。

うまくいってもいかなくても、これで妊娠は最後にするつもりでした。

だめだったら家族3人での人生を歩むと決めていました。

結果は、

妊娠超初期の大量出血からの、切迫流産、切迫早産、大学病院への搬送、出産まで入院(コロナ禍で面会もできず)

という、まあまあ壮絶な感じでしたが、

※詳細はこちら↓

2人目切迫流産&早産から出産までのレポ①

2人目切迫流産&早産から出産までのレポ②

結果的に早産にはなりましたが、なんとか無事に2人目を産むことができました。

会社には初期の大量出血の時期に3週間の休業を取らせてもらったり、

産休に入る3ヶ月前に切迫で休業に入ることになったりと、色々とご迷惑をおかけしました。

嫌味のひとつでも言われるかと思いきや、皆さん「大丈夫?お大事にね」という雰囲気だったので救われました。

なんだかんだ皆さんいい人だというのがここまで辞めずに続けてこられたのかもしれません。

紹介で入社してくれた先輩が入って2ヶ月経ってからの妊娠だったので、必要なことはあらかた引継ぎが終わっており、

私が在宅勤務になっても会社が回っている状況だったのもホッとしました。

先輩には本当に感謝です。

育休中も、きっと私がいないことで先輩の負担が大きく増えてしまっているだろうに、

「すみません」と言うたびに「謝らないで~!感謝したいのは私のほう!」といつも言ってくれて。

本当に人として素晴らしい人だなあと尊敬してしまうのです…  ああ、こんな人になりたいよー。

ちなみに、ここまで書いてきた通り、私は入社してからさんざんサビ残をしてきたわけですが、

妊娠中も猛烈に働いておりました。(ドクターストップによる休業期間を除く)

このブログを読んだ方の中で「なんでそこまでするの?」「なんで残業代請求しないの?」と不思議に思われた方もいるかもしれません。

もともとは自分に自信がなくて、残業代なんて口に出すことができなかったのですが、

自分に自信がついてからもサビ残を厭わずにやり、残業代も請求してこなかった理由は、

信頼貯金を作るためでした。

私は2人目をもし妊娠できても、きっとまた切迫になって入院することになるだろうと思っていました。

予定より早く休業に入らないといけなくなっても、

まあ、あれだけやってきてくれたから、大目に見てやろうか

と思ってもらえるくらいには、先働きしておいたほうがいいなと思ったから猛烈に働いたのです。

もちろん休業は権利です。なので「そこまでする必要ない」って夫にもよく言われました。

でも気兼ねなく権利を行使できるかどうかはやっぱり人間関係のなかで決まると思うので、

私の場合は、妊娠中に休業で働けなくなる日まではせめて全力で働こうと思っていたし、それが自分なりのけじめでした。

まあ、妊娠中なのに土曜日の夜中の0時に「なる早でやって」とオーナーから仕事を振られたことは一生忘れないくらいムカついたけども。

(繰り返すけど、私は平日のみ6時間半の契約です)

(まあそのメールは無視して日曜日にやったけどね)

(日曜日にやっただけ偉いはず)

でも産休育休中は仕事を振られることはなかったので感謝しています。

それで、育休中はしっかり休んで、復帰してからは前向きに頑張って、自分の仕事の付加価値を上げて昇給していこう!

皆さんお楽しみに!

と、そんな前向きな感じでこの長い連載を終えようと思っていたんですけど、、

産休に入る前はめちゃめちゃモチベーション高かったんですけど、

少し前に衝撃のニュースが飛び込んできたんですよね…

そのときのツイートがこちら…

これは…

めちゃショックでした…

まあ、直接聞いたわけではないので、どの程度正しいかはわかりませんが、

あー、めっちゃ言ってそう~~~~~~

って納得してしまった。

あとはこれね。

そもそも私が「もう辞めます」と言うギリギリまで昇給させなかったくらいの会社だし、

「どうせ時短だし他に行き場所もないだろうし、生かさず殺さずでこれからも安く雇ってやろうぜ」って思われているのかなと思うと、

なんかめちゃくちゃ腹立つし、ばかにすんなよって思うけど、

実際問題、時短で転職するのはまた大変だろうなあ(しかも下の子は産まれたばかり)っていう思いもあって。

でもやっぱり言葉としてそれを聞いてしまうとね、

いつかは報われると信じて今まで会社に尽くしてきたことがすべて虚しくなって、

あー、悲しいな

っていう心境です。

実は人生の底だと思っていた時期に、転職活動まではいかないけど転職エージェントさんに話をきいてもらったことがあります。

色々やっているのはわかるけど、幅広すぎて逆に強みが見えにくいと言われました。

この会社でどんなに戦力とされていようとも、自分は転職市場では魅力的には見えないのかなと思ったときに、

わりとショックだった記憶があります。

(もう一人雇ってもらおうと思ったのは、こういうところも関係している。強みを強化せねばと思った)

まあ、サビ残はもともと自分で納得してやっていたことだから、もう何も言うまい。

もう2人目も産んだし、ここから先は会社に対しての負い目はないです。

だから残業は極力しないし(子どもも小さいので物理的にもできないだろうし)

したとしても他の早退の日と相殺して、うまくバランスを取ってやっていこうと思っています。

会社からしてみたら「なんか前みたいに働かないな?こいつ」と思われるかもしれないけど、

もともと働いていたのがサービスだったので、強制もできないでしょう。

育休中に私がいないことで様々な仕事がストップしていることや、外注しようとしてもうまくできていなかったのを見てきたので、

「この働き方はもともとの契約通りですけど、ご不満なら辞めた方がいいですか?

その後どうなっても知らんけどな」

と思いながら、時短でも結果だけはちゃんと残して働いていきたいと思っています。

本当はすごく前向きな綺麗なことを書いて終わりたかったです。

時短でも結果を出せば昇給していけるよっていう例を書いて、おこがましくも世のワーママに少しでも希望を与えられればと思っていたんです。

体力もなければメンタルも弱い私だけど、このブログが少しでも日々大変なワーママさんの気分転換になったり、前を向くきっかけになればいいなって思っていたんです。

でも、まだ私はマミートラックの中にいることを知りました

すごく悲しいけど、それが現実なのかな、と思います。

人生の底は脱出できた(と思っている)けど、まだまだここから這い上がっていくしかないなと思っているところです。

復帰して1年程度は(あるいは自分が休んだ期間くらいは)しっかり勤めようと思っています。それが自分なりの仁義です。

そこは前向きにやり遂げて、その先のキャリアはまた走りながら考えていければいいなと思います。

もちろん給料を上げることがすべてだとは思っていません。

今は自分のちっぽけなプライドなんかよりも

家族の笑顔を守ること、生活を守ることの方が大事だから

今の働き方を選んでいるつもりです。

でもいい加減、バカにされるのも我慢の限界があるというわけで。

今のところは、一番長くても、下の子が小学校に入るまで(6年後)

できれば上の子が小3になるくらいまで(2年後)くらいまでに、

前向きな条件で職を変えたいと思っています。

で、タイトルにもある自分の望む生き方がなんなのか?について。

この会社で年収上げていこう!の方向性が変わってしまったこともあり、正直なところまだまだ考え中なのですが、

今のところ思っていることをバーッと書くと、

・自分、家族、仕事のバランスをうまく取って生活していきたい。どれもちょうどよい状態が理想

・週3~4は家で(あるいは近くのコワーキングスペースとか)、週1~2くらい出社くらいの感じがバランスよさそう

・小さい頃の私のような思いをさせない程度には子どもと過ごす時間を取りたい(子どもが将来グレても私が働いていたせいだと思わないレベルが基準)

・子どもの教育環境には投資してあげられるくらい稼ぎたい

・新しいことを学びながら、自分自身が成長していける環境で、仕事を面白がって働きたい

・言葉を使った仕事をしてみたい。せっかく英語とスペイン語が使えるから翻訳関係でなにか仕事できないか?

・趣味でもある雑貨、ジュエリーを仕事にしたい。何ができるだろうか。個人輸入?

・大企業よりも小さな企業で裁量を持って自由に働く方がイキイキ働けると思う

・プロジェクトマネジメントや仕組みを作ること、組織のグレーゾーンを埋める仕事が得意なので、個人で働くよりは組織で働く方が向いている気がする。

困ってる中小企業さんとかにプロジェクトベースで参加するのもいいなと思ってる

・ただの業務委託じゃなくて、ある程度コミットする立場で働く方がやる気が出ると思う

・こんなキャパが狭い私でも、時短でも頼れる人いなくても、大企業時代の収入超えられたよって言いたい(これはやっぱまだ諦められてない)

これらを総合すると、将来的には自分の働ける時間のうち半分強は組織に属して、残りは個人でなにか得意なことを仕事にしていけたらいいな、と思っている今日この頃です。

ものすごーく漠っとしていて、恥ずかしいのですが。ワガママなこともわかっているけど。

でも書く。ここで宣言する。運は自分でつかむのだ。

ちなみに私は性格が悪いので、私を昇給させないと言い放ったらしい経営者たちに、ある日突然またアポを取って、

「このままここにいても上がらないんで、そろそろ次行きますね。

おかげさまで成長できました。ありがとうございました。」

って言うのが今の目標です。

絶対言うからな。今に見てろ!!!

というわけで、この連載はいったんここで終わります。

これから先は、育休からの復帰後に零細ベンチャーで戦っていくストーリーをお届けする予定です。

まあ色々書いたけど、いまだにショックなんだけど、本音を言うと私自身はこの会社での昇給はまだ諦めてないのです。

仮に経営者に昇給させる気がないにしても、気持ちを変えさせるまでだ!と思ってはいる。直接ダメと言われて見切りをつけるそのときまでは。

この会社に先輩を紹介した責任もあるし(先輩は自分のことは自分で考えるから気にしないでと言ってくれているけど)

人を変えるのは難しいとは思うけど、できるところまで頑張ろうと思っています。

でもそれと同時に、誰かに評価されないと昇給しない会社員という働き方ってどうなんだろうなあ、という思いもあって。

どうせ評価されるなら、市場に直接評価されたいなと思うようになってきました。

会社に貢献して会社から報酬をもらうだけじゃなく、直接世の中のだれかの役に立つことで収入を得たい。

その方法が何なのかはまだ見つかっていないし、

社会に出て13年経ってもまだ武器になる得意が見つかっていない自分が虚しいけど、

凡人だから仕方ないなと受け入れて、引き続き自分と向き合いながら、一歩ずつ前進していければと思います。

これから数年かけて、もがいて、試行錯誤していければいいなと思います。

ものすごく長い文章になりましたが、ここまでお読みくださりありがとうございました。

生い立ちから書いたりして、自分の未熟な部分をあらわにするようで恥ずかしかったのですが、

ブログ読んでますとお声かけいただいたりして、とても嬉しかったです。

すごく励みになりました。ありがとうございました。

私自身、こうやって過去を振り返ったことで気づきもありました。

話の流れで割愛しましたが、Hちゃんのほかにも気づきをくれる一言をもらった人が何人かいたので

(いずれもクビになったり、去っていった人が多い。まだいる人もいるけど)

(どんだけ人が出たり入ったりしてるんだろうこの会社… )

エピローグみたいな感じで書いていきたいと思います。

それと、ここに至るまでに読んだ本がまだまだたくさんあるので、

復帰までにそれらの本をまとめていこうと思っています。(特に「幸せ」関連の本をめっちゃ読んだ)

よかったらまた遊びにきてください。

今日も一日お疲れ様でした!

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⑥時短希望での転職活動を始めてみたものの難航しまくった話

⑦コネを頼って転職できるかなと期待したけどそんな甘くなかった話

⑧ひどい言われようだったけど、なんとか転職先を見つけるまでの話

⑨零細ベンチャーでの仕事に翻弄されてもがき苦しむ様子

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この記事を書いた人
rakkomom

35歳、零細企業で働く時短ワーママらっこです。
7歳の息子と0歳の娘、長時間労働夫の4人家族。
読書記録、キャパ狭のワーママが倒れずに生きていくための工夫を書いています。

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