人生の底を脱して、ようやく自分の望む生き方が見えてきた話①

失敗談

こんにちは。ワーママ5年生のらっこです。

突然ですが、ここから何回かに分けて、ワーママとして走り続けたこれまでを振り返った内容をブログを書いてみたいと思います。

キャパが狭くてメンタルが弱い私ですが、母親になってから、そしてワーママとして働き始めてから、かつてなく「自分の望む生き方ってなんなんだろう」っていうことについて考えるようになりました。

まだ完全な答えは出せていません。でも方向性は見えてきた気がするので、このタイミングで一度いまの自分の思いをまとめておきたいと思いました。

ワンオペ環境下での2人目のタイミングに悩むママ、キャリアや転職に悩むママ、その他このブログに訪れてくれた全ての方に、なんらかの気づきがあれば嬉しいです。

かなり長い話になるかもしれませんが、よろしければお付き合いください。

 

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「いい学校に行って、いい会社に入れば、幸せになれる」と思ってたけど、全然そんなことなかった

話をわかりやすくするために、最初に私のバックグラウンドについて書いていきます。

私は電車が1時間に1〜2本しか走っていないような田舎に生まれて、両親と弟1人の4人家族に育ちました。

第一子だったのもあり、小さいときから「いい子」で「優秀」であることを求められていました。

HSP気質でやたらと空気を読む子だった私は、周りからの要求に応えながら育ちました。

教育ママだった母親の影響で、高校は県内で一番偏差値の高い学校に行き、大学は学びたかった学問で日本で一番偏差値の高い大学に行きました。

勉強が得意だったのか、母親に認められたくてがむしゃらに頑張っていただけなのか、いま振り返ってもよくわかりません。

けれど、いつも周りからの評価を気にしがちで自己肯定感が低く育った私が、心が折れきることなく今も社会で生きていけているのは、二度の受験に成功した影響が大きいと思っています。

私が住んでいたのが田舎だったからかもしれませんが、私は「勉強を頑張っていい学校にいって、いい会社に入れば幸せになれるから」と色んな人に言われて育ちました。

「田舎で人生を終わらせるな、東京に行け」とかも言われていた気がします。

良くも悪くも「受験勉強」しかしていなかったので、自分の頭で物事を考えたことって、あまりなかった気がします。あってもすごく薄っぺらかったというか、周りの人に敷かれたレールの上で考えていた感じ。

そんな「幸せになるためのレール(と思われていたもの)」からそれることなく歩いてきた私が初めての大きな挫折をしたのは、社会に出てからでした。

新卒で入ったのは、有名な大企業でした。

倍率は1万倍だか2万倍だか忘れたけど人気の会社でした。第一志望の会社だったので、内定をもらえたときにはすごく嬉しかったのを覚えています。

でも結局、3年で辞めました。

今でも初めて会う人には「もったいないことしたね」と言われます

確かに給料はよかったです。

けど実際に勤めてみての感想は「組織が大きすぎて、自分の仕事の意味が感じられなかった」でした。

職場の人のことは大好きでした。福利厚生などのよいこともあったけど、ルールやしがらみが多く、全体として自分には合わなかったです。

会社自体が社会に大きな貢献をしているという意識はあったけど、私のやっている仕事が社会のどのようなことに役立っているのかの実感が湧きにくかったことが、モヤモヤを生み出していた気がします。

無意味な会議、各部署の調整、誰が読むのかわからない議事録作成、拒否権のない飲み会。

それら全部含めて仕事なのはわかっていたけど、自分の仕事に意味ってあるのか?って強く思っていました。

なにより辛かったのは、「自分の仕事って誰にでもできるんじゃないか?」と思っていたこと。

いや、誰でもできると書くと語弊があるかもしれないんだけど、「組織の歯車感」が強かったです。

そりゃそうなんですよね、数年でローテーションで担当が変わっていくわけだから、誰でもできる仕事しかない。組織の規模が大きくなればなるほど、仕事の属人化はマイナスになります。

けど、当時やっていた私の仕事を、私は、とてつもなくつまらなく感じたんです。

ひとつの例をあげると、

「担当地区Aの売り上げが、計画と比べてどう進捗しているか(達成しそうか未達成になりそうか)を日々管理して、地区Aの営業マンに「売上どうですか?いきそうですか?」って聞いて、その内容を担当地区A~Eくらいまで全部まとめて、各地域の営業マンの代わりに上司に報告する」

っていう仕事がありました。

これって、完全に、100%、ただのまとめ役っていうか、伝書鳩みたいな仕事じゃないか?っていう。

「この仕事で、自分って何か生み出しているのか?」と思うと、「いや、間違いなく何も生みだしてないよな」っていう。ただ聞いたことを資料にまとめて、それっぽく言うだけの仕事。営業しているのは自分じゃないし。人がやっていることを報告するだけの仕事。

「こんな仕事でお金もらってていいのか?」っていう、そういう葛藤ばかりを日々抱えていました。

とはいえ、自分に何かすごい特技あるわけでもなかったのがまた辛かったです。はっきり言って私は勉強くらいしかできなかった。それも教養とかでなく、受験勉強のみ。強みとかも特になかった。それもまた無力感をおぼえる要因のひとつでした。

「自分が社会に提供できている価値ってなんなんだろう?」と考えると、虚しさしかなかったです。

そのわりに給料がそこそこ良かったので、働くごとにモヤモヤだけが募っていました。

仕事に対して抱いていた理想と現実のギャップに対する悩みって、もしかしたら社会に出たら全員の人が抱くものかもしれません。そんな小さいことで悩んでんじゃねえよって感じかもしれません。

でも私にとっては本当に苦しい悩みでした。そんな悩みを抱え込んで、ビールで体の奥底に流し込もうとしてみてもうまく消せなくて、仕事に行くのが嫌で嫌で仕方がなかった自分が、幸せになれるって信じてたのになれなかった自分が、情けなくて。

たとえばですけど、「自分の勤めている会社が新聞に載ったり、CMが流れたりすることに喜びや誇らしさを感じる人」だったら、大企業はわりと向いているかもしれません。

でも私は変にひねくれているところがあって、「いや会社はすごいかもしれないけど、私が何かしたわけじゃないし、新聞に載ってもニュースになっても嬉しくないし誇らしくもない」と思ってしまうタイプなんですね。たぶん、そもそもの性格が大企業に合わなかったんだと思います。

新卒で入った会社で稼いだお金はすべて、ストレス発散のための外食や海外旅行、マッサージなどに消えていきました。

振り返ると、バカみたいにお金を使っていたなと思います。本当バカでした。もちろん、ほとんど貯金はありませんでした。

仕事は激務でした。毎日のように終電で帰る生活で、常に睡眠不足だし、週末は疲れ果ててだらだら寝るだけ。

ちゃんと寝てないから体調も壊しやすくて、繁忙期のあとはもれなく発熱して倒れていたし、年末は毎年寝込んでいました。

常時睡眠不足で働くなんて、今にして考えれば本当に生産性の低い仕事してたなって思うんだけど、当時の私としては限界までやっていたつもりだったなあ。

当時すでに夫と結婚していたんですが、仕事も楽しくない、けど激務で妻らしいことも何もできないと自己嫌悪にも陥り、最終的に、ある日突然会社に行けなくなってしまいました。

心療内科などの病院にはかかっていませんでした。が、最後の方はパソコンの画面を見るだけで涙が止まらなくなってしまっていたので、精神状態は結構やばかったと思います。

退職を申し出てから、何度か人事と面談をしたりもしましたが(辞めるんじゃなくて、まずは他の部署に異動するのはどう?という話などをしたり)、結局は休職も部署異動もせずに退職することになり、最終出社日を指折り数えて、逃げるように辞めました。

辞めることが決まった頃に、お世話になっていた先輩がごちそうしてくれるとのことで飲みに行ったんですが、そのときに言われた一言がその後もずっと心に残る言葉になりました。

お前はな、すべての主語が「他人」なんだよ。退職を迷っているときもずっとそうだった。自分がどうしたいかじゃなくて、相手のことばかり。「私に期待してくれていた上司に申し訳ない」「親はなんて言うだろう」とか。」

生まれてからそれまでの間、いつも自分の気持ちよりも周りからの期待に応えることばかりしてきた自分は、自分が他人の評価を軸に考えているということすら気づかなかったので、そのときは、この先輩の言葉を「そうかなあ」としか受け止められませんでした。

でも子どもを産んで、子育て本を読んだりしているうちに、初めてその先輩が話してくれた内容について理解できるようになっていきました(この話はまたあとで書きます)

激務だった会社を退職してからしばらくは、のんびり過ごしました。

心を病んでの退職だったので、急いで転職はしないことに決めていたんです。

「毎日夫のお弁当を作る」という、妻になったらやりたかったことをして専業主婦生活を過ごし、半年ほどかけて休み、「そろそろまた働きたい」と思えるようになってから再度、就職活動をしました。

もともと性格的にはずっと家庭にいられるような専業主婦タイプではないので、すぐにでも働きたいと思うだろうと思っていたのに、回復するのに半年もかかるくらいに疲れ果てていたんだなと驚きました。

今考えると、半年で済んでよかったなとも思います。無理をしすぎると人間って本当に無気力になってしまうんだなと感じた1社目での経験でした。

続きます。

人生の底を脱して、ようやく自分の望む生き方が見えてきた話②

 

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