人生の底を脱して、ようやく自分の望む生き方が見えてきた話②

仕事

こんにちは。時短ワーママのらっこです。

こちらの記事は前回からの続きです。

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私は物心ついたときから雑貨が好きで、週末に雑貨を見て歩くのが趣味でした。

今このブログで雑貨を紹介しているのも、雑貨が好きで好きで仕方がないからです。

どうしても雑貨に関わる仕事がしたくて、学生時代は雑貨屋さんでアルバイトをしていた時期もありました。

将来は雑貨屋さんを開きたいなあ、なんていうささやかな夢もあります。今でも叶えたい夢のひとつです。

雑貨が好きなことが明確なら最初からそういう会社に行けばよかったのに、誰もが知るような大企業を選んだのは、

就職活動の波に流されて自分が本当に何をやりたいのかをしっかり考えなかったせいです。

親の安心する顔が見たいという思いもありました。

教育ママだった母の自慢の娘でありたいという気持ちが強かったので。

私の内定報告に、母親はすごく喜んでくれました。

ただ実際には私が就職する前に母は他界してしまい、働いている姿を見せることはできませんでした。

母は私が内定をもらった3ヶ月後に突然、亡くなりました。

まだ45歳でした。

死因はくも膜下出血でした。

母は、私と弟が生まれてからもずっとフルタイムで働いていました。

遺品整理をしていたときに初めて知ったんですが、生涯、常に父より多く稼いでいた人でした。

とはいえ田舎の会社での共働きだったので、裕福だったわけではありません。

親と同居していたから住宅ローンがなかっただけ楽だったかもしれないけど。

それでも自分の夫より稼ぎ、経済的に自力していた母の姿は、娘の私から見てもカッコいいなと思っていました。

けれど、母をカッコいいなと思うのと同じくらい、寂しいという気持ちもありました。

いつも20時くらいに帰ってくる母の帰りを今か今かと待っていた記憶と、

小学生の頃の長い夏休みを弟と過ごすのがつまらなかったという記憶が、今も強く残っています。

このときの記憶が、いまの自分の希望である「自分の子どもが小学生になったときに少しでも家にいてあげたい」という想いにつながっています。

母は毎日フルタイムで働いていたけど、週末は朝からスポーツに行くような人でした。

睡眠足りてるのかな?と子どもながらに思っていました。

きっと、ずっと無理をしていたんだと思います。

親(私にとっての祖父母)と同居していたので、家事や子育てを頼れる部分もあったんだろうけど、ハードだったと思います。

葬儀などを終え、日常生活(大学の授業)に戻ってからもしばらくは授業中に突然思い出して泣いたりしていましたが、少しずつ辛い気持ちを封印する術を身に着けていきました。

社会に出る前に母を亡くすという経験は、「人はある日、突然死ぬ」という強烈なメッセージを私に植え付けました。

そして私が結婚してすぐの頃。

まだ25歳くらいの時だったと思うんですが、今度は父親が末期がんだとわかりました。

母が他界してからの2年強、ずっと忙しく働いて、祖父の面倒もみたりしていた父は、健康診断に行く時間もなかったそう。

転職しようと思って仕事を退職して健康診断に行ってみたら、がんが発覚したそうです。

当初は手術をすれば治るという診断だったそうなのですが、手術をしているときに他臓器への転移が見つかり、ステージ4と診断されました。

それから2年弱の闘病の末、父も他界しました。

父は母と違って進路には一切興味を示さない人だったけど、私のことをとても大切にしてくれていたことは伝わっていました。

反抗期などもなく、父の携帯の裏には私のプリクラを貼るくらいに仲がよかったです。

母の死後3年ほど経って、父は再婚しました。

病気の父を支えたくれた女性(継母)がいてくれたことは娘として安心したし、

父が人生最後の時期を孤独に過ごさずに済んだことはよかったなと思います。

20代で両親を失うという経験は辛いものでした。

大切な人を突然失うのも、大切な人が病気で弱った末に死んでいくのを見るのも、悲しみには変わりないなと思います。

「あのときこうしておけばよかった」っていう後悔は、突然失ったときの方が大きかったかもしれないけど、

治る可能性が極めて低い病気にかかって弱っていく親を見るのも辛いものでした。

闘病中の父は、元気になったら行きたい場所のガイドブックを買っては、楽しみそうに読んでいました。

父が本気で治ると思っていたのかどうかはわかりませんが、いつか旅行に行けるその日を楽しみに毎日を生きているようでした。

そんな健気な姿を見るたびに、悲しい気持ちになったのを覚えています。

亡くなる直前に、「そのガイドブックに載っている場所に行こう」ということで、一泊二日で父と旅行に行きました。

父は体調的には辛そうだったけど、精神的にはとても楽しそうでした。

最後のかけがえのない思い出になりました。

両親を失い、実家を失うという経験は、大きな喪失感となって、じわじわと私を襲いました。

心が元気なときには平気なんだけど、落ち込んだときには「自分の全てを受け入れてくれる人がいなくなったような孤独感」に陥ります。

街行く親子を見ると羨ましくて、胸がズキズキする日々が続きました。

まだまだ両親と行きたい場所もしたいこともたくさんあったのになって。

救いは結婚していて夫がいたことでした。日常的に寂しいと思うことはありません。

でも夫の存在はありがたかったけど、実の両親を失った寂しさは、死後10年以上経った今でもときどき私を襲います。

この頃から私は、毎日「常に最悪のケースを想定すること」を意識するようになりました。

母を突然失ったのは第一志望の会社の内定をもらって浮かれていた時期だったし、

父の病気が発覚したのは結婚が決まって浮かれていた時期でした。

浮かれたときに地獄に突き落とされるような経験を数年のうちに2回した私は、浮かれることが怖くなりました。

人は浮かれたときにほど叩き落されるのかもしれない」という恐怖を感じるようになりました。

「何かいいことがあっても喜んじゃいけない」と思うようになりました。

喜びの気持ちよりも「その反動で悪いことが起きるんじゃないか」という怖さの方が強くなっていきました。

体のどこかに異常があると、死ぬのだろうかと思ってすごく怖くなるようになりました。

その傾向は今も続いていて、少しでも体調が悪いとすぐに病院に行きます。

夫や友人からは「気にしないほうがいい。病は気からだよ」と言われることもあるけど、

自分も母のようにある日突然死ぬかもしれないという恐怖は、いまだに自分に付きまとっています。

いまだに毎日「夫や子どもに会えるのは今日が最後かもしれない」と思っているところがあります。

だからせめて別れ際にケンカはしないことと、目を見て「いってらっしゃい」を言うことを心がけています。

今日が最後の日になっても後悔しないように。

そして仕事で無理をして早くに他界した両親を見ていた私は、

「無理をしたら長く生きられないから、無理はしちゃダメだ」という強迫観念を持つようにもなりました。

1社目のときも、激務を続けながらも「忙しさで死ぬくらいなら仕事を辞めよう」と心のどこかで開き直っていた気がします。

精神的に病んで自殺してしまう人もいる中で、精神をやられながらも死を選ばずに済んだのは、若くして両親を亡くしていたおかげかもしれないなと思うことがあります。

続きます↓

人生の底を脱して、ようやく自分の望む生き方が見えてきた話③

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この記事を書いた人
rakkomom

35歳、零細企業で働く時短ワーママらっこです。
7歳の息子と0歳の娘、長時間労働夫の4人家族。
読書記録、キャパ狭のワーママが倒れずに生きていくための工夫を書いています。

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