辛かった二度目の流産の振り返り。

ワーママ
こんにちは。
5歳男児の母、らっこです。
 
このたび、2度目の流産をしました。
 
今は手術も終わり、身体を回復させている最中です。
 
今回は流産確定までの道のりがとても長く、2カ月弱の間、生きた心地のしない不安な日々を送っていました。
 
同じように不安に思われている方の参考になればと、陽性発覚から手術までの流れをまとめてみます。
 
11/5  排卵予定(不妊外来で診察)
11/20  4w0d  生理予定日。検査薬で陽性確認。
11/28 5w1d  初受診。3.5mm程度の胎嚢らしきもの確認
12/7 6w3d  再受診。9.9mmの胎嚢確認(4~5w相当の大きさ)
12/11 7w0d  出血があり受診→ポリープからの出血だろうとのこと。心拍確認できず
12/20 8w2d  受診するも、心拍確認できず。胎嚢2cm程度
12/26 9w1d  再受診、心拍確認できず
1/4 10w3d  多めの出血あり受診 →ポリープからの出血、経過観察
1/9 11w1d  受診→稽留流産確定(6w相当)
1/11 11w3d  大量出血→進行流産の診断
1/16 12w1d  掻爬手術
 
検査薬で陽性が出て喜んだのもつかの間、最初に「え?」と思ったのは、初回の受診のときでした。
自分の中では、5w1dで受診した計算だったので、胎嚢がはっきり見える予定でした。なのに、2mm程度の大きさしかなかったときに、何か嫌な予感がしました。
 
※適宜、妊活用のアカウントのツイートを引用していきます。
こういうときの嫌な予感って当たるものです。
 
そんなわけない、きっと大丈夫って、何度も思おうとしていたけど、「今回もダメなんじゃないかな…」という思いが襲ってきて、辛かったです。
 
私は1年半前に流産をしています。2回目の妊娠のときで、妊娠6ヶ月、22wに入っていました。
赤ちゃんの死因はへその緒が首に巻きついてしまったことでした。
 
そのときは本当に突然だったので驚きの方が強くて、心臓が止まっていることが発覚してからの悲しみを乗り越えることが辛かった記憶があります。
 
今回は11wで(成長具合は6w相当の段階)の流産確定となったので、妊娠期間自体は短かったのですが、どう考えても成長が遅い。おかしい。これはダメな気がする…と思いながら、早々に始まったつわりに苦しみながら過ごした1ヵ月半は、生き地獄でした。
 
ネットなどで色々調べて、一番遅い人のケースで9週頃まで心拍が確認できなかった人がいたので、8週の診察までは希望を捨てずに待とうと思っていました。
 
けれど残念ながら8週に入っても心拍を確認することはできず、流産がほぼ確実であることは素人目にもわかりました。
 
「もう流産ほぼ確実だし、もう早く確定させてほしい、そうすれば心が楽になるのに、、」と思っている私に対して、医師はしきりに「排卵日がわからない以上は、成長の様子を追わないことにはわからない。まだ可能性はゼロではないから確定はしない」と言ってくれました。
 
ただ私は排卵日を別の不妊外来で診てもらっていたため、排卵日が大きくずれる可能性は低いだろうな、、(=すごく週数が遅れているのは間違いない)と思って、期待は持てずにいました。
 
心拍確認にいく日までの2週間は、地獄のように長かったです。
 
心拍が確認できなかった日のツイート。
 
嫌な予感はしていたけど、信じよう信じようって思っていた最後の希望を失ったとき、目の前が真っ暗になりました。
 
流産が10人に1人以上の確率で起こることは知ってる。
でもひとつ前の妊娠が22wで突然終わり、次こそはって願って臨んだ妊娠もこうして無慈悲にも終わるんだなって思ったときに、人生ってなんて不平等で理不尽なんだろうって思いました。
一度も流産を経験することなく3人、4人と産んでいる人もいるのにね。
 
でも前回22wでダメになってしまったときの反省があったので、自分のために、反省を生かしたいと思って日々を過ごそうと努めました。
安定期に入ってからの心拍停止という事実があまりにショックすぎて、早く立ち直らなきゃって自分で自分を追い詰めて、家族にも友人にも気丈にふるまっていました。かなり無理をしてしまったのでした。
 
その反動は手術から半年後に突然きて、仕事中に涙が止まらなくなりました。
人は悲しいときに無理をして堪えようとすると、いつか必ず反動が来るんだと学んだ出来事でした。
 
年末年始のお休みで手術もできず、自然流産待ちの状態で、2週間近くをほぼ無気力で過ごした私。
でも2週間という時間を過ごす中で、少しずつ心の整理がついてきて、流産を受け入れる準備ができてきたように思いました。
 
年明け最初の診断で、ようやく流産の確定診断がもらえました。
 
受診した診断は「稽留流産」とのことでしたが、子宮の中に出血しそうな兆候があるとのことで、かなり「信仰流産」よりで、もしかしたら自然に出てくるかもしれないとのことでした。
 
先生からもらった流産の用語について、参考までに以下まとめておきますね。
 
稽留流産>
胎芽あるいは胎児が子宮内で死亡後、症状がなく子宮内に停滞している状態をいう。このように一般に症状を示さない場合をいい、出血などの症状があり、かなりの期間、胎芽あるいは胎児が子宮内にとどまる場合は遷延流産という。
 
進行流産>
胎芽あるいは胎児およびその付属物がいまだ排出されていないが、流産は開始し、子宮頸管は開大し、子宮出血も増量している状態で、保存治療の対象とはならず、はがて胎芽あるいは胎児は排出されるに至る。出血や下腹部痛が強く、通常ただちに流産手術(子宮内容除去術)を必要とする。
 
完全流産>
流産の際に、胎芽あるいは胎児とその付属物が完全に排出された状態をいう。多くの場合、流産後は子宮はよく収縮し、子宮口は閉鎖する。
 
不完全流産>
流産の際に、胎芽あるいは胎児および付属物が完全に排出されず、一部が子宮内に残存し、子宮が十分に収縮せず、子宮口も閉鎖しないで、出血などの症状が持続している状態をいう。自然流産の多くはこの状態となり、子宮内容除去術を必要とする。
 
 
私の場合は、稽留流産 ⇒ 進行流産 ⇒ 不完全流産の流れをたどり、手術が必要となりました。
 
稽留流産と診断された2日後に、大量の出血と腹痛が起こりました。
動揺しすぎて大量にツイートしてますが、参考までに載せておきます。
進行流産のまとめとしてはこちらです。
2~3日貧血があったので、できるだけ血を作ってくれそうな食べ物を食べて過ごしました(お肉や豆類、ビタミンCなど)
 
そして手術当日。
 
持ち物は、①診察券、②保険証、③手術への同意書、④ナプキン3枚程度、④飲み物(水)でした。
手術着や産褥ショーツなどは病院でもらえました。(病院によって多少違うかもしれません)

以上、私の二回目の流産の振り返りでした。

最初は成長が遅くて不安だったけど大丈夫でした!っていう希望ある内容だったらよかったのに、なんの救いもない悲しい内容で、不快になった方がいらっしゃったらすみません。

でも正直、今回の妊娠で成長が思わしくないと気づいたとき、私は正直「もし次ダメだったら、もう立ち直れないかもしれない」と思いました。

流産は誰にでも起こりうるし、誰も悪くない。

でもそれでも、ただただ悲しくて、言葉にするのも辛いくらいのものすごい喪失感で、生きていく希望すら失ってしまいそうに辛い出来事です。

この気持ちは、はっきりいって、体験したことのない人にはわからない辛さです。でもその辛さを乗り越える必要なんてないし、きっと何年経っても辛さは消えないと思います。この先何年経っても、思い出すんだと思います。

流産はある程度の割合で起こってしまう悲しい出来事だからこそ、こんな風にもがいて苦しんで、少しずつ受け入れて前に進もうとしている一人の妊活女がいるということが、今苦しんでいるどなたかの救いになれば嬉しいです。

術後、ぼんやりと病室で思っていたこと↓

最後に、今回の流産を乗り越えることができたのはTwitterのおかげだったなとしみじみ思ったので、その思いをまとめたnoteがこちらです。

妊娠を希望されている人が、みんな妊娠できますように。

そして私もまたいつか妊娠できますように。

しばらくは体を休ませることに専念して、体力を回復させていきたいと思います。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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